第20回 心頭滅却の話


猛暑の夏、檀家さんの家にお参りに行ったさい、このような質問をされました。

 

「和尚さん、こんな暑い時にもやはり『心頭滅却すれば火もまた涼し』で、エアコンなどつけずに我慢した方が良いのでしょうか?」

 

心頭滅却すれば火もまた涼し。

 

「心を滅すれば暑さなど気にならないはず。エアコンなどつけず我慢した方が良いのですか? 」と、そう質問されたわけです。

 

気温40度にもなろうかという猛暑。

 

他の和尚さまなら別の答えがあるかも知れませんが、私はこのように答えさせていただきました。

 

 

 

 

戦国時代の禅僧に快川紹喜(かいせんじょうき)という方がいました。

 

快川禅師は初め、美濃(現在の岐阜県)のお寺で住職をしていましたが、甲斐(現在の山梨県)の武田信玄に、是非うちのお寺に来てくれと頼み込まれ、恵林寺というお寺に入ります。

 

恵林寺は武田家の菩提寺であり、武田信玄が亡くなったさいは、快川禅師が導師となり、お葬式も行われました。立派なお寺です。

 

さて、武田信玄が生きていた頃の武田家は無類の強さを誇っていましたが、息子である勝頼に代わってからはパッとしません。

 

長篠の戦いで織田信長に敗れてからは、急速に力を落とし、ついには滅んでしまいます。

 

織田信長は高名な禅僧であった快川禅師に、自分の領土のお寺に入って欲しいと頼みますが、快川禅師はその誘いを断ります。

 

信長は怒ります。

 

さらに快川禅師は信長と敵対していた武士たちを恵林寺に匿っていたのですが、信長はこれを引き渡せと要求します。快川禅師はこれも拒否します。

 

信長はついに激怒し、恵林寺を部隊で取り囲みました。

 

逃げることも出来なくなった、快川禅師と恵林寺にいた百余名の僧侶たちは恵林寺の山門に立て籠ります。

 

しかし、山門には火が放たれ、快川禅師と百余名の僧侶たちは尽く焼け死んでしまいます。

 

その時、最後の最期に快川紹喜が残した言葉が、

 

安禅は必ずしも山水をもちいず

心頭を滅却すれば火も自ずから涼し

 

あんぜんはかならずしも さんすいをもちいず

しんとうをめっきゃくすれば ひもおのずからすずし

 

だったそうです。

 

 

私がこの話を聞いて思うことは、快川禅師は『もっと何とか出来なかったのか?』ということです。

 

寺は焼かれ、僧百余名を焼き殺され、それで守れたものはなんだったのか? ということです。

 

確かに心頭滅却していて、最期の炎は熱くなかったのかも知れません。しかし住職の本分である護寺は叶わず、仏になれたかも知れない百余名もの僧侶たちを焼き殺され、それで良かったのかと問われると、はなはだ疑問です。

 

『火』を心頭滅却する前に、もっと別に心頭滅却するものがあったのではないでしょうか?

 

例えば匿っていた武士を渡す。

 

例えば信長の誘いを受ける。

 

武田家への義理もあるでしょうし、信長の脅しに屈したと、後ろ指を指される思いをするかも知れません。しかし、寺や僧を護るためには、その義理や恥こそを心頭滅却するべきだったのではないでしょうか?

 

そもそも戦国大名である武田信玄の誘いを受ける必要はあったのでしょうか? 戦国大名といえばガンガン殺生を行うわけです。そんな環境で本当に仏教を布教することが出来るのでしょうか?

 

プライドや執着や面目、そういう『煩悩の炎』こそを、心頭滅却するべきではなかったのでしょうか?

 

安禅は必ずしも山水をもちいず

心頭滅却すれば火も自ずから涼し

 

このように考えると、この言葉の意味が全く違うものに感じてきます。

 

 

 

 

話を戻しまして、

 

「和尚さん、こんな暑い時にもやはり『心頭滅却すれば火もまた涼し』で、エアコンなどつけずに我慢した方が良いのでしょうか?」

 

という質問の答えになりますが、「暑さ」を心頭滅却して我慢するのは止めるべきです。熱中症になります。もっとその前、「エアコンをつけてはいけない」とか、「暑さは我慢しなければいけない」とか、そういう「思い込みの炎」の方を心頭滅却しましょう。

 

家で暑かったらエアコンをつけて良いのです。

 

外でも、暑くなりすぎたら恥ずかしがらずに、コンビニに避難して涼みましょう。何も買わなくても良いんです。

 

「こうしなければならない」とか「こんなことしてはダメだ」とか、そういう『こだわりの心(火)』こそを心頭滅却するようにしましょう。

 

暑いときには我慢しない。

 

自分の体は大切にしましょう。

 

 

 

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