第34回 善の話


 

七仏通誡偈(しちぶつ つうかいげ)というお経では、

 

諸悪莫作(しょあくまくさ)

もろもろの悪をなさず、

 

衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)

もろもろの善を行いなさい。

 

自浄其意(じじょうごい)

そうすれば心は自然に清らかになります。

 

是諸仏教(ぜしょぶっきょう)

これが仏たちの教えです。

 

と、教えてくれています。

 

 

「悪をなさず、善を行う!」

 

 

すごく単純で、当たり前の教えのように感じられますが、じつはかなり間違えやすい教えです。

 

善の話

 

 

「善」も「悪」も『人道』の範囲で考えるなら簡単です。

 

 

他人の喜ぶことが「善」で、他人の嫌がることが「悪」です。

 

漫画などで、心の中の「天使」と「悪魔」が葛藤するシーンを見たことがあるでしょうか?

 

思考の善悪を、天使と悪魔の姿で表現するのです。

 

👿「拾ったものは自分のものだ盗んでしまえ!」

👼「落とした人はきっと困っているぞ、交番に届けなさい!」

 

こんな感じで、善の化身である天使と、悪の化身である悪魔が、心の中で争うのです。

 

「善」が正義で、「悪」が悪党です。

 

「善悪」の区別、こんなことは誰でも知っていることかもしれません。

 

 

しかし、これらの「善悪」は、あくまでも『人道』における「善悪」なのです。

 

 

『人道』における善悪とは、(「性〇説の話」でも話したように)人間が成長すると共に得た経験や常識(思考や倫理観)が「これは善、これは悪」と、勝手に振り分けた(分別した)偽物でしかありません。

 

『思考の殻』として立ちふさがる、この経験や思い込みが、私たちに真実を見えなくさせているのです。

 

 

私たちは仏教徒なので、『人道』ではなく、『仏道』を歩むよう精進しなくてはなりません。

 

 

『仏道』で「善」を行うとは、

 

常に最善を尽くすということです。

 

ジャスティス(正義)ではなく、ベスト(最善)です。

 

 

「常にベストを尽くし、後悔しない生き方をする」。それこそが、仏道における「善」なのです。

 

一瞬一瞬を大切に。

今、この瞬間に全力を尽くす。

 

後悔しない。

 

今に最善を尽くすことが大切なのであって、成功するか、失敗するかは、じつは重要ではありません。

 

たとえ失敗したとしても、「これ以上はなかった!だしきった!」と、後悔しないことが大切なのです。

 

後悔して過去に思いをはせてはいけません。

後悔も過去も全て妄想なのです。

 

妄想することなかれ。(莫妄想)

 

過去を後悔するというのは、「諸行無常」や「諸法無我」の教えに反した、仏道の「悪」の行いになるのです。

 

 

後悔しないように、常にベストを尽くしましょう。

 

「諸悪莫作 衆善奉行」

 

この言葉を極めることが出来れば、

 

心はどんどん清浄に、

 

すっからかあの清らかに、

 

善も悪をもふっとんで、

 

仏の境地に至るのです。

 

 

 

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